私立中高一貫校英語科講師の遠藤友香です。 新卒でリクルートに入社し、子育て中に教員免許を取得し、国語科の小学校の講師として5年勤務した後に、現在英語科講師として勤めています。 とても興味深いお話を聞かせていただいたので、記事を書くのは初めてのことですが、文章にしてみました。
終身雇用という幻想からの脱却
~生き抜くために必要な力とは~
「終身雇用」。この言葉が信頼に足る言葉でないことは徐々に浸透してきているかもしれません。しかし、学生にアンケートを取ると7割もの学生が未だに終身雇用が良いと答え、求人サイトのキャッチーなキーワードとして大々的に踊っています。これは、未だに終身雇用という言葉に期待を持つ人がまだまだ大勢いるということの現れでしょう。しかもこの言葉を目にした時、定年まで雇ってくれるという意味合いだけではなく、年功序列で何もしなくても役職や給料が自然と上がっていく制度であると期待する人も少なくないのではないのでしょうか。そうだとするとやはり、この言葉は非常に魅力的で、いかにもこの激動の世の中で自分だけは一生安泰で暮らせるということを思わせてくれるような魔法の言葉のようにも見えます。しかし終身雇用・定期昇給なんて本当に多くの企業で実現可能な雇用方法なのでしょうか。なぜこのようなことが可能だった時代があったのでしょうか。そして雇用のあり方は今後どうなっていくのでしょうか。そんな時代にどうすれば生き抜くことができるのでしょうか。
なぜ終身雇用・定期昇給制はスタンダードになり得たのか
そもそも終身雇用で働くという働き方は、戦後の高度経済成長の日本社会を前提に作られたものであり、スタンダートのようになり始めたのはこの頃からです。つまり終身雇用自体がもともとスタンダードでわけではないのです。長い歴史の中で見ると、ごく最近生まれた、新しい雇用の仕方と言うこともできます。この終身雇用がこの時期にスタンダードのようになったのは、時代背景との関わりの強い、3つが要因があります。
まずは一つ目は高度経済成長期による採用ニーズの爆発的な増加です。日本は戦後、圧倒的な工業化と第三次産業化が進み、急増する採用ニーズを充足するため、終身雇用・定期昇給などを基本とする「正社員」概念が誕生、普及します(図参照)。
このように高度経済成長期のような多くの会社が爆発的に成長していく時期だからこそ、終身雇用で社員を雇用し社員をどんどん増やし、年功序列で昇給させ続けてもさほど問題ではないように感じられました。しかしそれは会社が急成長し右肩上がりであり続けることが前提だったのです。ひとたび会社の業績落ち込んでしまったら、会社の業績が落ちているのに全ての社員の給料を上げ続けた上で定年までいてもらうことなんて不可能なのですから。例えば、10人の社員を終身雇用・定期昇給制で入社させ、30年後全員が部長になり10人の部下を持つとします。それを実現させるには単純に計算しても組織をこの30年の間に10倍にしないと実現できないことなのです。つまり終身雇用・定期昇給制というのは、どんどん鼠算式に増えて昇給していく社員を抱えられるほどに会社の急成長が必要条件となってくる制度なのです。
次の要因は会社員自体が少なかったというところにあります。70年代までは大卒は圧倒的なエリートであり、会社員は少数の選ばれた人にしかなれない職業でした(図参照)。
しかし前述のように、高度経済成長期の急激な採用のニーズにより生まれた終身雇用・定期昇給という魅力的な制度に多くの人が飛びつき、多くの人が大学を卒業して会社員になるという道を選ぶようになりました。ところが、たくさんの人に選ばれる仕事になった今、会社員の人数は増え、鼠算式に増えていく社員全員を昇給させ、定年まで雇用することが物理的に難しくなっているのが現状です。
最後に寿命の問題です。この終身雇用の制度ができたのは冒頭でも申し上げた通り戦後間もない頃でした。
上のグラフを見てもわかるように、大正時代までは日本の平均寿命は50歳にも達していませんでした。しかし、食糧生産が安定し食べ物が豊かになり、医療技術が発達し死亡数が減少するに従って、戦後平均寿命はどんどん伸びてきています(下図参照)。
そのため、平均寿命が5~60歳くらいであることを前提として作られた制度といっても過言ではないのです。平均寿命が5~60歳くらいということであれば、新入社員として雇用した社員が全員定年まで勤め上げるわけではない可能性が高いことになるのです。このような前提条件があれば終身雇用・定期昇給制を謳うことができたのかもしれませんが、平均寿命が男女ともに80歳を超えている現代には全くあてはめることができないのです。
このように、終身雇用・定期昇給制とは、高度経済成長で採用ニーズが急増したが会社員のなり手が少なく、急成長する会社が爆発的に増え、平均寿命が定年まで達していなかったという条件のもとに実現できた制度であることがわかると思います。つまり終身雇用・定期昇給制とは、スタンダードになり得ない、戦後の高度経済成長期という特殊な状況下だからこそ発生し得た特殊な制度であったということが言えるのです。
終身雇用の落とし穴
終身雇用・定期昇給制は、どんな世の中でもスタンダードにすることができる制度でないことがわかってきました。しかし、このシステムの落とし穴はこれだけではなかったのです。
まず終身雇用・定期昇給制ということ自体が疑わしい約束であるということです。設立5年で約85%の企業が廃業・倒産し、10年以上存続出来る企業は6.3%、20年続く会社は0.3%、30年続く会社は、0.025%と言われています。そんな中で当然ながら40年以上続いている会社の数は決して多くありません。20歳で入社して60歳に定年を迎えるとするとその期間は40年間。もしその企業が40年続けたことのない会社だったとしたら、社員の雇用や給与を向こう40年を約束するなんて、信用してもいいのでしょうか。それが創業100年だったとしても、40年間を考えたら、100年というのは決して長いとは言い切れず、信用に足るかどうかは考えものです。「来年の事を言うと鬼が笑う」ということわざもありますが、40年以上続いた会社自体ごくわずかであるのにも関わらず、40年後の約束をするなんてことはとても難しいことなのです。
上の図は経済産業省が2017年に発表した資料です。これは「昭和の人生すごろく」というもので、昭和の時代の人の標準的な人生を図に表したものです。ここで注目したいのが昭和50年生まれの新卒採用をされた82人の男性の内、定年まで勤め上げることができた人数は34人であったということです。東洋の奇跡と言われ、人類史上最大の経済成長を実現したを言われた昭和の高度成長期においても、半分以下の人しか勤め上げることができなかったということです。このように見てみると、終身雇用という約束がいかに信用できない約束であるかということがわかると思います。
もう一つ注目したいは、40年経つと社会も人間自身も変化をするということです。40年経つと社会は変わります。40年前の社会を想像してみてください。パソコンも携帯電話もありません。スマートフォンが普及したのなんてここ10年のことです。社会が変われば社会が必要とする仕事も変わります。会社を存続させるためには仕事のやり方や内容をどんどんアップデートしていく必要があります。40年経つと人間も変わります。20代と50代の体力に差があることは明白です。社会人の平均勉強時間は1日6分と言われています。終身雇用・定期昇給を期待して入ってきて、安心しきって自分をアップデートする気もなく、体力も脳も衰えていく人材の給料をどんどん増やし続けることなんて、そもそも難しい話なのです。
このように、終身雇用・定期昇給自体がそもそも実現の難しい制度であり、絶対に何があっても社員全員の給料が上がり続け、最後まで面倒を見てくれることを約束してくれるということであればそれは夢のようなシステムですが、現実はそんな甘いシステムはありません。守れない約束をしてしまうということは、結局、リストラや廃業を余儀なくされるということです。つまり夢のようなシステムどころか、約束したのにも関わらず、いつ放り出されるのかわからないという非常にリスクの高いシステムであると言えるのです。
依存と自立ーこれからの雇用主との付き合い方
これまで述べてきたところまでで、「終身雇用・定期昇給を手に入れて安定する」ということが幻想であったということがお分かりいただけたかと思います。では、これから私たちはどのように働いていったらいいのでしょうか。そのカギとなるのが「依存と自立」です。人は一人では生きられません。着ている服、食べているもの、使っている道具の全てを自ら作り上げて暮らすのは非常に難しいことです。誰かの助けを借りながら、助け合って暮らしていかなくてはなりません。その相互扶助ができる能力が、他の動物と比べて極めて高いというのが人類が繁栄してきている一つの大きな理由だと言われています。収入の依存先が一つの状態が会社員の状態です(図参照)。
この場合他に依存先がないため、給与や業務内容など、会社の下した様々な決断に納得がいかなかったとしても従うしかない状態となるだけでなく、その会社自体もどうなるかわかりません。つまり一つの会社だけとずっとやって行くことを前提としてキャリアを構築していくこととなる終身雇用というのは、実は雇用される側にとっても非常にリスクが高いことなのです。この状態を回避するためには、依存先を増やす必要があります。少なくとも、いつでも転職できるような状態にして潜在的な依存先を増やしておく事によって、一つの会社に依存し振り回されることはない状態を作る必要があります。どうしたらこれを実現することができるでしょうか。その時必要な力がいわゆるアントレプレナーシップです。自分の力で稼ぎ口を見つける能力をつけ、自分の力で未来を切り拓く。それこそが、終身雇用・定期昇給という幻想を追い求めるよりも断然安定へとつながる道だということです。経営コンサルタントで作家の神田昌典氏もこう言っています。『「安定」とは、焼野原でも紙とペンがあれば翌日から稼げる能力である』と。
雇用主と独立した関係を保つ必要がある理由はもう一つあります。それは日本の急激な人口減少です。日本では現在加速度的に人口が減っており、2020年から2030年にかけてこの減少はどんどん激しくなり急激な高齢化が進みます(図参照)。
現在日本のGDPはアメリカと中国に次いで3位だがこれは人口が多いからに他ありません。経済は人口と労働生産性で決まってきます。日本人の労働生産性は主要先進7国中1970年以降最下位がずっと続いています。しかし今まではこれを人口でカバーし高い経済水準を保ってきました。ところが人口の激減が予想される今、経済力が落ちていくことが明白です。図7のデトロイトの例で見ていきましょう。デトロイトの人口増減は日本のこれからの人口増減に酷似しています。デトロイトはかつて自動車産業で栄え、人口も爆発的に増えたが、人口が激減し経済が破綻すると、街は荒廃し犯罪が横行しました。豊かだと格差を減らし、平和を保つことができるますが、貧しくなると格差が開き、犯罪は増えるのです。日本は今、人口の激減の危機にさらされているだけでなく、これまで世界で強かった半導体も電器産業も追い越され、自動車産業も電気自動車生産の流れとともにトップクラスの維持は難しくなる可能性も高く、世界に通用する企業が確実に減ってきています。そんな中で生き残っていくためには、一つの企業に頼るのではなく、一人一人が自身の能力を高め、自らの手で仕事を掴みに行く力が必要となってくるのです。
変化に対応する力の重要性
では、自ら未来を切り拓いていく力とはなんなのでしょう。最後にこのことについて記したいと思います。これまで述べたように、40年経過すると、社会も人間も変わってしまいます。40年前、パソコンが普及していなかった当時、資料係という仕事がありました。資料を整理し、管理する仕事です。しかしパソコンが普及した今、資料はパソコンで管理できるようになり、そのような仕事は必要でなくなりました。もし、就職してずっとこの資料係として何十年も働いていて、その仕事しかできないとしたらどうでしょう。窮地に立たされてしまいます。また、40年間の時間が経過するということは、人間の身体に、体力が衰えるという変化が起きるということは自明の理です。肉体を酷使する労働を若いときにしていたとしても、衰えた身体で同じクオリティーの仕事を提供することは難しいことです。肉体よりも脳の方が一般的に衰えが遅いと言われています。従って、身体が老化した時に価値発揮できるような準備をしておかなくてはなりません。そのためには、40年でも50年でも働き続けるからには、変化に対応し学び続ける癖をつけ、その時に最適な能力を身につけ続けることが必要となってくるのです。1回インストールしたら終了という考え方では生き残っていくことはできないのです。変化を敏感に感じ、新しいことに挑戦し続けてそれを身につけ続け、それを糧に収入を得る力が必要なのです。個々別々のスキルを持っていることが重要ではないのです。変化に対応し、理解した者こそ生き残ることができるのです。
必ず変化は訪れます。そこで何が必要になるかなんてわかりません。でも人に守られた場所や誰かに割り当てられた場所では変化を敏感に感じることはなかなかできません。だから、変化を直で感じられる場所に身を置き、世の中で必要としてる能力を身につけることが必要なのです。そうやって自ら未来を切り開いていく力こそが、今後必要となってくる力なのです。